わんこ先生のざれごと

What A Wonderful Bullshit World !

ざれごと

意見を述べることについて

私は、「様々な批判に耐えてきた、あるいは今後も耐えられる、質実剛健な観点や解釈」を好む。逆に私は、「単なる思いつきや決めつけ、独自色が強くて他人が納得しにくい意見」を好まない。これを別の言葉で表現すると、「偏見」だ。私は偏見という言葉が嫌…

信用創造の嘘

世界経済の軋轢は、信用創造というまやかしによって生まれている。 どういうことかというと、単純化して説明すると以下のようなことだ。 ごく狭い範囲内での信用創造はできるが、範囲外から見た場合に「総体の信用」に増減はない 社会全体のコスト比率が変わ…

哲学的対話:「隠れた前提」を明らかにする

対話している中で、話している時の前提イメージが違うなと感じたら、現象学のエポケーを応用するのがいい。 エポケーというのは、「判断を保留する」ということ。 同じ「目的」を共有できているか?まずこれを確認する。そのために、「共有できている」とい…

共感について

一般に使われる「共感」という言葉には、二種類の意味があると思っている。 ある意見や観点について、納得感を得たという意味で使われる共感 他者の感情について、同じように感じるという意味で使われる共感 私は、1.の共感については、主観的な意味が強く、…

トロッコ問題で解くものは何か

トロッコ問題というものがある。 詳しくは以下のリンク先を読んでみて欲しい。私がここで説明するよりよっぽど詳しく書かれているから。 トロッコ問題 - Wikipedia 「トロッコ問題:殺すことと死ぬに任せることとの間に道徳的な違いはあるのか?」 by ジュリ…

教養の価値について

「人生を豊かにする」というのは、「視点の豊かさを手に入れること」のように思う。 それは、経済性に囚われずに「モノゴトの多様性」に気づくことで得られる。その「多様性」は「教養」に深く関係している。*1*2 教養というのは楽しみにつながるものだ。教…

性格とはなにか

もしも「性格はうまれつきのもの」「性格は変わらないもの」とするなら、そして「邪悪な性格」と判断される人がいるとするなら、その人はどれほど苦しんでもがいても、努力で性格を変えることはできないということになる。他者から「邪悪」という評価を受け…

知らない人との対話

ある日のチャットで。 以下は、ある日に匿名チャットでしたやり取りを元に編集したものです。 匿名チャットなのでいきなり話が始まってます。 途中で話がとっちらかってるけど、でもまあ、対話ってこういうもんかなあと。 わんこ先生 こんにちは。 知らない…

君を愛してる。

どうして君は自分に魅力がないと思うのだろう? おれからすれば、君はとても魅力的なのに。たとえば、よく切れる刀があるとするよね? それから、すっごくバランスの良いプロ用のハンマーがあるとするよね?釘が打ちづらいからといって、刀に価値がないと思…

若さと老い

現代の日本では「若さ」の価値ばかりが闇雲に高められているように思う。その反対に「老い」は悪と言わんばかりに敵視されている。老いに価値はないのか。そうではあるまい。生き物は必ず老い、いずれ死ぬが、未来につながる何かを残したりもする。若く未熟…

大切にするということ

本当に大切にしたいのであれば、大切にしたいものに順位を付けることだ。 大切にしたいと本当に思うのであれば意地でも順位を付けろ。順位を付けず「ぜんぶ大切!」というのは確かに聞こえはいい。しかし実際には非常にテキトーであいまいで不誠実な態度だ。…

「本当」に向かう一歩

「私にはできる」 「私には才能がある」 「私は善い人間だ」そう思いたい気持ちはわかる。でもそれは嘘だ。できないことはたくさんあるし、才能だって上には上がいるし、完璧な善人なんていない。人間には限界があって、もちろんとんでもなく素晴らしい人だ…

「心が自然に感じたこと」こそ迷いの原因

「心が自然に感じたことを大事にしたい」ってなことを言う人がいる。なぜ「自然に」感じたのか。 その「自然」はただの「思考の習慣」と何が違うのか。 その習慣が間違っていた時、「自然に感じたそれ」はじぶんにとって正しい答えなのか。「心が自然に感じ…

勇気なんか必要ない

「一歩踏み出すための勇気」がなぜ必要なのか。結果を想像するからだ。 「欲しい結果を得られない未来」を恐れるからだ。それを考えてもどうにもならない。 一歩踏み出すための勇気は、考えなくてもいいことを考えるから必要になる。何も考えず踏み出して、…

バカとは何か

「バカは、考えなくていいところで思い悩みながら自分は考えていると言い、考えるべきところでは考えずに逃げる」この言葉を読んだ時、3つの反応が予想される。 「それってどういうこと?」というシンプルな疑問 「私のこと? 私は違う」という自己弁護 「バ…

なぜ伝言ゲームは正確に伝わらないのか

伝言ゲームというものがある。 数人が一列に並び、AさんからBさんに、BさんからCさんにと、順番に伝言をしていくだけのゲームだが、面白いことに簡単な文章でも正確に伝わらない。参加する人数(伝言回数)が多いとそれだけ不正確になりやすい。なぜメッセージ…

レッテル貼って、好きとか嫌いの理由にしてませんか?

人を好きになるとか信頼するとか、それは本当は何を見ているのか。 あなたが好きだと言いながら、自分の思い通りに動いてくれないことにいらいらするのはなぜなのか。それは「その人」を好きってことなんだろうか?「この人はきっとこういう人だ」とか、「こ…

なぜ人を殺してはいけないかの答え

なぜ人を殺してはいけないか - わんこ先生のざれごとこれを読まれた方の中に、この文章が結論を明確にしていないと思っている人がいる気がしたので明確に書いておきます。「なぜ人を殺してはいけないか」の普遍的に通用しそうな答えは、 お互いの生命を脅か…

なぜ戦争で人を殺すのが認められるのか

今日、「なぜ戦争で人を殺すのが認められるのか」という言葉をみつけたので書いてみました。これをもうちょっと明確に表現すると 「なぜ人を殺してはいけないのに、戦争で人を殺すのは認められるのか」という疑問になると思います。それでまず、戦争で人を殺…

幸せになるためのライフスタイルと解説

幸せな人が絶対にしない6つのこと : カラパイア ↑ これを読んで触発されたので、「幸せになるためのライフスタイル」として解説も含めてまとめ直してみた。「しないこと」ではなく、「すること」として書いた方がよいと思うので。 また、「わんこ先生的表現…

感覚的であいまいで、ぼくは世界を説明できない

感覚的であいまいな主張は、感覚的であいまいな何かを根拠にしている。 あいまいなままにしていると、具体的に突き詰めて話すことが難しい。砂の上に城は建たない。感覚的であいまいな議論は、結論も感覚的であいまいなものになる。 結論は「具体的に出すも…

なぜ人を殺してはいけないか

人は殺していい。殺したければ。 盗んでもいい。盗みたければ。考えに規制を設けない。 そうやって考えを進めて、自分がしたいこと、したくないことを考えていくと、殺して復讐されるのやだな。っつーか人殺しって言われるのやだなとか、自分がやらない理由…

正しい愛し方

言葉でどれほど愛していると言ってみたところで、愛し方が間違っていれば【愛せている状態】にはなりません。誰も幸せになりません。では、正しい愛し方とはどういうものでしょうか。それは観察することです。 もしも観察しないで...となると、これは非常に…

人生ポーカー

ポーカーというトランプゲームがある。 ルールを知らなければ調べてくれ。以下はただの例だ。 いつものようにざれごとだ。さあ、はじめよう。 勝負は一回きり。 手札が配られる。 ブタだ。 強いカードは...一枚もない。 Aがあれば?絵札があれば? 不運を呪…

自己犠牲はなぜいけないか

自己犠牲が「よいこと」だとすると、どうなるか 順に考えてみよう。 私は自己犠牲をする良い人間だ。 私は自己犠牲のために貧しくなったが良い人間だ。 私は自己犠牲のために貧しく、他人に経済支援をしてもらっているが良い人間だ。 あなたも私の自己犠牲を…

親が作ったのは何か

子供にとって親が作ったのは何だろうか。 この肉体だろうか? 人間の生殖機能は様々な影響を受けるようで、健康な両親から健康な子供が生まれるとは限らない。保証されていない。染色体異常や薬の影響、過度なストレス、アルコールや喫煙の習慣、その他もろ…

じぶんを大切にできている例

じぶんを大切にするとは じぶんを大切にできている場合の特徴的な態度を列挙する。 じぶんのよい面、悪い面をすべて直視し、観察することを厭わない態度。 悪い面を理由に自己嫌悪せず、「ではどうするか?」を考える態度。 目的は幸せになること。じぶんが…

じぶんを大切にしているつもりで大切にしていない

私は悪くない(自己正当化、自己弁護) じぶんの立場を補強・擁護する情報だけを採用し、じぶんの立場が悪くなる情報はシャットアウト。「いいよね?いいよね?」とか「悪いのはあっちだよね?」とか、じぶんの味方を求めることに躍起になり、「君にも悪いとこ…

親という立場は人間の性質を超えるものか

親ってのは、その意思があってもなくてもなれる。 そして親になったら「親の責任」がやってくる。 では、親としての責任を果たす気がない人は、親になれないのだろうか。親になるのは免許制だっけ? それって誰が決めたんだっけ? 昔の人だっけ? みんなだっ…

検索条件を多くすると、得られる結果は少なくなる

まあ当たり前のことなんだけど、よくわかってない人が世の中たくさんいらっしゃるようで。インターネットの検索サイトで情報を探していると、情報が多すぎて必要な情報がどこにあるのかわからない時があるよね。 そういう時はいらない情報を除外するために検…

他者に「あるべき」を強制する暴力

明示的だろうと暗示的だろうと、他者に生き方を強制することは暴力だ。他者に対して要望を伝え、他者が了解する。それはよい。了解できなければ離れればいいのだし。だけど、相手の了解を得ない強制は違う。極端な表現をすればこういうことだ。 「あなたの自…

大人と子供を分けるのは年齢や経験ではなく、責任に対する意識

その人がどの程度成熟した大人なのかを測るのにとても適した言葉がある。「責任」だ。責任とは何か? できるだけ簡潔に、できるだけ誤解されない表現で、 そしてじぶんの言葉で述べよこれに対する回答は、その人の価値観を端的に表し、社会参加者(=社会人)…

価値観とは使っている言葉の定義のこと

言葉は同じでもその意味するところは人によって違う。その違いが価値観の違いだ。「あなたとは価値観が違う」というのは、言葉にこめている意味が違うってことだ。 だから同じ言語で会話していても意味が通じない。さて、じぶんの価値観を細かく知ることは、…

何よりも幸せになることを求める

幸せになるために何よりも必要なことは、「必ず幸せになるやり方を心から欲する」ということだ。「必ず幸せになるやり方」を知りたくて知りたくてたまらなくなれば、それがどんなやり方であろうと実行する。そして実行するから幸せになれるのだ。「あれは嫌…

「私」だけの善、「私」だけの悪

主観的(個人的)な善悪の定義を書いてみよう。 (主観的な)善とは、じぶんが快く納得できること。 (主観的な)悪とは、じぶんが不快で納得しかねること。 対照的になるように客観的(世間的)な善悪の定義も書いておこう。 (客観的な)善とは、「みんな」が快く納…

幸せ、自信、愛の構造

※このエントリはまとめです。 幸せの構造 自信の構造 愛の構造 大切な人に助言する時の注意点 謙虚な心と感謝が大切な理由

謙虚な心と感謝が大切な理由

自信を持って生きる人間は、他人を攻撃する必要がない。 他人を貶めて自尊心を満足させる必要がない。 自分には絶対的な価値があり、他人の存在に脅かされることがないからだ。 欲しい物もない。 持っているもので満足できるからだ。 怯える必要もない。 自…

大切な人に助言する時の注意点

生き方が間違ってる人が気になる場合がある。 それじゃあ幸せにはなれないよ、という場合だ。 どう生きようとそいつの勝手だ。 ...とは言うものの、野垂れ死んで欲しいわけでもないなら助言のひとつくらいしたくなるものだ。 その時に大切なのは、その相手の…

愛の構造

※幸せの構造、自信の構造 からの続き 自分の価値を認めてくれる他人は、自分にとって嬉しい存在だ。自信の源になる。だからそれも自分と同じように大切になる。自分と同じように大切になれば、自分の分身のように感じられる。でも、それでも他人に変わりはな…

自信の構造

※幸せの構造 からの続き しかし自分のモノサシがわからない人がたくさんいる。 なぜわからないのか。 それは自分をよく知らないからだ。 自分が真に求めているものがわからない。 それでどうやって幸せになるのだ。 だから幸せになるためには、自分をよく知…

幸せの構造

幸せってのは、不幸とセットだ。カードの裏表のようなもの。 「不幸はいらない」ってのは虫のいい話で、不幸も苦労も無いなんて選べるものではない。デキゴトってのは勝手にやってくるものだ。それを幸と受け取るのも自分だし、不幸と受け取るのも自分なのだ…

じぶんの幸せはじぶんが決める

以前に相談を受けた時にこんなことを言われました。 「私は心の奥底で、運が悪いと思いこんでいます。」 と。 この人はじぶんで気づいています。そう、それはただの思いこみです。 モノゴトは視点によって良くも悪くも見えるものです。 大きな挫折がきっかけ…

味わい尽くし、感じ切る

価値とは人間(主観)が決めるもの。人にとっては認識したものだけが価値になる。 認識し、その価値を当人が決めることによって価値が生まれる。認識しなければ、当然、価値が決まることもない。 面白がることが、面白さの根源。面白がろうとしなければ、ど…

楽しむのもスキル

多くの人と話す機会を持つと、色んな反応に出会う。楽しいと言われることもあれば、つまんないと言われることもある。話してることはあんまり変わらないのになんでなんだろう?考えてみると、おれはだいたい誰と話してもそれなりに楽しく話せる。おれが楽し…

贈り物

プレゼント。 愛情という武器を手に、相手の心という陣地に踏み込む攻撃である。 心に踏み込んで陣地を奪うことを目的とする。 プレゼントは相手に喜んでもらうことが目的だ。 贈り主が趣味の押しつけをすることではない。 もちろん、値段の高低が愛情のモノ…

自己犠牲は愛ではない

自己犠牲というのは、「誰かの幸せのために自分が不幸になっている」ということだ。 たとえば、子供たちのために自分が。 たとえば、親のために自分が。 自分が犠牲になっているという言い分は、「誰かの幸せは私の自己犠牲のおかげだ」と言いたい気持ちや、…

料理は愛情、愛は理解

「料理は愛情」 言わずと知れた、料理研究家の結城貢の名言。 しかし広まっているのは誤解ばかりのようだ。 愛情を込めるというのは、「美味しくなーれ♪」と思いながら料理することではないし、好きな人のことを思い描きながら料理することでもない。 【自分…

幸せになる技術の話(β版)

怖がってばかりいる人は幸せになれない。 傷つくのが怖くて他人に期待できない。だけどそれを認めようとしない。 そうすると傷つくのが怖いという事実にフタをして、別の理由を探す。 そうやってだんだんと、じぶんの本当の気持ちがわからなくなって行く。 …

自分が本当に欲しいもの

人は「なに」で幸せを感じるのか。お金があったら? いい女(男)をモノにできたら? 頭がよかったら? スポーツで勝てたら?そうではない。それは表面の話。人は「自分が欲しいと思うもの」を手に入れた時に幸せを感じるのだ。誰にどれだけ褒められようと、ど…

自分で決めないと他人のせいにしたくなる

自分で決めないということは、自分で選ばないということ。自分で選んでいないのだから、自分には責任がない。 思い通りの状況でなければ、それは自分以外のせいに決まってる。標的を見つけたが最後、疑わない。そいつが悪いに決まってる。なぜなら自分が悪い…