「哲学の専門家」ではありません。
  天使のような純真さで疑問を投げかける犬畜生です。

友達の定義

私の「友達の定義」と「親友の定義」を書いておきます。
どこかの誰かの役に立つかも知れないから。

友達の定義

  1. 私が友達として振る舞い続けると覚悟できること
  2. 相手が私のことをどう思うかで決めない

相手に友達と思って欲しいという気持ちは、私にはありません。どうでもいいです。

私がどう思うかしかないのです。私から離れて行った人も私の中では友達だったりするし、私をどれだけ好いてくれても友達として扱わない人もいます。裏切られても期待はずれでも関係ないです。私に何もくれなくても関係ない。私が決めたかどうかだけが条件。

友達というのは、「私が持ってるものを注ぎたいと思える相手」であればそれでいいのです。
私が友達と思った人には、私は「私の考える友達としてあるべき態度」で接します。
それが相手の望みではないとしても。そのことで嫌われるとしても。

仁愛の情を持つと私が決めれば、それが私の友達です。

親友の定義

  1. 私の考え方生き方を、理解してくれてると私が感じること
  2. 私の考え方生き方を、尊重してくれると私が信じられること

この二つの条件を満たさない限り、私が親友だと思うことはありません。逆に、条件を満たせばどんな立場でも私の中では親友扱いになります。付き合いの期間は関係ありません。長い付き合いでも条件を満たさなくなって親友じゃなくなった人もいるけど、それはそれです。また条件を満たせば、私の中では親友になります。

私の中の親友は、私を知っているかどうかです。単に私の言葉を言葉として理解することではなく、私が喜ぶこと、悲しむこと、絶対にしないことを理解しているということです。

私を親友と呼んでくれる人がどれだけいるのか。そんなことは私にはどうでもいいことです。
私を知らない人を、私が親友と呼ぶことはない。
私を知ってくれる人だけが私の親友です。